川越・きものでつなぐ町の記憶  

月刊「文化財」平成25年1月号

 

 

 

 重要伝統的建造物保存地区(以下「重電建地区」)に平成11年に選定され、13年が過ぎた川越。歴史的景観を活かしたまちづくりの成功例といわれ、3年前にはNHKの朝の連続ドラマの舞台にもなり、知名度がアップ。全国から年間600万人の観光客が訪れる関東有数の観光地になった。

 

 私はそんな川越を20年前に観光で訪れ、蔵造りの街並みに魅かれ都内から川越に移住してきた新住人のひとり。バブル期の前後の東京は仕事で一週間留守にすると町が変わっていた。時間の流れを断ち切るように次々と建物が壊され、新しい建物が建つ。

 

あの東京駅でさえ、取り壊して高層ビルにする計画があったほどだ。そんな東京の町の変貌に喪失感を感じていたころ、川越を観光で訪れ、蔵造りの町並みと「時の鐘」を見た。この町は祖父が見た景色を孫も見ているのだろうと思わせてくれた。時間の流れが分断されずに続いている町。過去から現在、そして未来も、この町の核は変わらないという安心感を与えてくれた。

 

 

 ◆川越の町雑誌「小江戸ものがたり」の発行

その後、重伝地区に隣接する町内で子育てをしながら、歴史的建造物だけではなく毎日の暮らしの中に幾重にも時間の積み重ねがあることに驚くことになった。

 

公園デビューは神社仏閣の境内。こどもが手を洗う手水舎には天保3年(1832)などと刻まれている。団子屋さんに寄れば曾爺さんが「時の鐘」をついていたといい、明治時代の懐中時計を見せてくれる。江戸時代創業の刃物店には大森貝塚を発見したモース博士が泊り、彼が残したコーヒーカップがあるという。

 

 

 350年続く川越氷川祭も暮らしの中に根づいており、新旧住人を繋ぐ機能を持つ。お神輿と違い山車の組み立て解体は町内総出で臨まないと明るいうちに終わらない。祭り当日もこどもから長老までそれぞれ役割があり、山車を町内みんなで曳くことで結束が強まる。

そんな暮らしの中の小さな昔のはなしを「町の記憶」として残しておきたくなり、町の人の協力や愛読していた地域誌『谷根千』の森まゆみさんたちのアドバイスも受けて『小江戸ものがたり』という町雑誌を平成13年に創刊した。

 

 

◆幕末明治の川越の特産物「川越唐桟」

 

重伝地区にある重厚な蔵造りの建物の多くは明治26年の大火後のもので、建て主は呉服織物商が多かった。川越は江戸時代から織物の一大産地だった。幕末、開国したばかりの横浜に生糸を売りに行った川越の織物商、中島久平が英国産の細い木綿の紡績糸を入手し、それを川越周辺の織元で織らせたのが川越唐桟といわれる縞織物だ。木綿なのに絹の輝きがあると江戸っ子の間で有名になり爆発的に売れた。それらの富が受講な蔵造りの建物に蓄積されたといえる。

 

 

◆旧川越織物市場の保存運動にかかわって・・・

 

 平成13年に町内にある明治43年築の旧川越織物市場がマンション建築のため取り壊しの危機に瀕した。木造の長屋が二棟、中庭を挟んでほぼ当時のまま残り、市立川越博物館に模型も展示されている産業遺産だ。おもに重伝地区に店蔵をもつ織物商たちが出資し、川越商業会議所(現・川越商工会議所)と協力して設立した。設立にあたり、八王子や桐生の織物市場を視察に行っている。貴重な歴史遺産を保存してほしいと「NPO川越蔵の会」など市民団体や地元商店街、自治会などと連携し2万人の署名を集めた。

 

保存決定までの半年間、火事や取り壊しから守るため町内の男性たちが交替で泊まり込み、昼間は女性たちが市場の一室で井戸端会議。私も子連れで連日参加し、町内に顔見知りが増えるきっかけとなった。夜中にガラスが割られパトカーが来る事件などもあったが、毎日毎晩交替で詰めて乗り切った。その後、川越市が現地保存を決定し、さらに二年後には川越市の文化財に指定され、現在復元修復を待っている。

何も行動を起こさなければ今頃はマンションが建っていたわけで、思いを行動に移すことの大切さを教えてくれた。

 

 この活動がきっかけで旧織物市場にきもの姿の人を増やしたいと思い、毎月28日に川越成田山別院で開催されるお不動さまの蚤の市に集合し、きもので町を歩く「川越きもの散歩」を始めた。

11年を経てきもの姿は重伝建地区の建物を溶け込み、すっかり町の景色のひとつとなった。洋服で来てきものに変身できるレンタル着物店などもでき、参加者も東京のビルの町を歩くよりずっと気分がいいという。

 

また、旧織物市場の中庭では桐生の織物市場跡で「買場紗綾市」を開催している市民団体が桐生の物産市を開催し、市民交流を続けている。明治時代、桐生と川越の織物商たちは縁組をしており、どちらも織物のDNAをもつ町だ。

 

 

◆「川越きものの日」制定

 

 平成24年8月より川越市と小江戸川越観光協会、商店街連合会、市民団体などが毎月18日を「川越きものの日」と制定した。きもの優待特典が100以上の店舗で受けられ、8のつく日は市立博物館など市の施設が二割引きになる。

 

戦後、きものも蔵造りの建物も効率が悪い、手間がかかると壊され置き去りにされてきたが、そのようなものの中に新しい価値観を見だす人も増えてきているようだ。

 

 ぜひ川越観光の際にはきもので町歩きをおすすめしたい。きものが重伝建地区をより楽しむパスポートになるはずだから。               (平成25年1月 月刊「文化財」 寄稿原稿)